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ヒトラーへの285枚の葉書を見ました

ヒトラーへの285枚の葉書という映画を見ました。
第二次世界大戦期のベルリンを描いた映画で、一人息子の戦士をきっかけに街中に体制批判を記したカードを置き続ける夫婦の話です。


100分弱といった、最近の映画にしては短い時間の内、あまり物足りなさや冗長さを感じずに鑑賞することができました。
作中ずっと漂うサスペンス的な緊張感と、抑圧されたような雰囲気がそうさせたと思います。
単純に映画として、圧倒されるような何かや、突き動かされるような感動を得るような作品ではないのですが、思ったことを少しだけ残します。ネタバレもまあまああります。

この夫婦の活動は、世間で大きく取り上げられる絵にかかれたような「万人が納得できる動機」があり「打倒政権」を掲げ「周囲を巻き込んで改革を図る」ようなものではなかったように思います。
今まで漠然と漂っていた死というものが突然現実のものとして自分達に振りかかり、今まで見ていたものが突如として白けたもの、欺瞞に満ちたもののように映る。目が覚めてしまったような感覚、やりきれない気持ちが中央政権に向き、言わずにはいられなかったためにやってしまった。そうしてる内に後から役割が付随し、市民をより同調する性質を帯びたように見えました。
夫の働く工場は、冒頭はただ木材を切るだけで何を生産しているかはわかりかねるのですが、そのうちに棺を作っていくことがわかります。
可愛いベルリンの街が崩壊していくにつれ多くの棺が街を闊歩します。今まで意識しないようにしていた死の気配がそこらじゅうを覆い、嫌でも滅びの予感を感じざるを得ない雰囲気になります。
それでもやはり、あの夫婦には大規模な政権打破のクーデター等を心からは望んでいなかったように思いました。
彼らが息を潜めるように、親衛隊の目を掻い潜り置き続けた285枚の手紙は市民同士回されることなく、政権を恐れた市民によりほぼ届けられます。遂には身柄を拘束され、懇願むなしく妻をも捕らえられ、一体何をなし得たかったのか。
恐らくただ、自らの良心を自らの意思で発露させることが目的だったのでしょう。
原作小説の題名は「Berlin in Alone」らしいのですが、この方がよりこの映画らしかった気もします。
この夫婦の存命中、活動に同調するものは誰一人おらず、二人は孤独ともとれます。
しかし、作中「良心」が良心として機能を発揮できているのはこの夫婦しかいません。正義こそ唯一の主と掲げていた判事は目の前の理不尽に太刀打ちできず、柔らかな命を救うこともできず、機能をすっかり失った司法の場に立ちすくむことしかできません。
警部は矜持をボコボコにされ、おのがまま動くこともできず、遂には市民の自殺幇助に手を貸してしまう。
良心を発揮することができず、良心を良心として受け入れられないことは人間にとって大きな不幸なんだと思いました。
全体的にやるせないのと、夫婦ふたりだけ締感の極みのような解放されたような雰囲気が漂うのですが、ただひとつ、夫と法廷で再会した妻の表情が秀逸の一言に尽きます。
「会いたかった、行きましょう」といったシンプルな喜びが溢れる演技に、この人はとてつもない女優なんだと見せつけられました。
あまり演技や役者に注目することがないものですから、忘れないように。

人間の良心とはどこにあり、どこから生まれるのか。この夫婦の良心の種は、息子への愛情と息子の死でした。わたしはずっと映画の世界でも、人間の良心の種を探している気がします。